改訂版訳者あとがき
本書の初版は二〇〇四年四月に発行されましたが、その後、私は、NLPトレーナーとして、国内でNLPプラクティショナーおよびマスター・プラクティショナー認定コースの開講を継続してきています。
二〇〇五年三月には、私の招聘に応じて長年お付き合いのあったNLP共同創始者のジョン・グリンダー氏が共同創始者として初来日され、私のNLPプラクティショナーとマスター・プラクティショナー・コース合同セッションの場で教えられ、さらには、三月二十一日に東京ビッグサイトでビジネス向けワークショップ『NLPリーダーシップで才能を開花させよ』を開講されました。NLP創始以来 三十年間で初めて実現したこの創始者来日を機に、NLPが国内でますます本格的に広まっていくことを祈っています。
なお、私のNLP資格認定団体名が、グリンダー氏の来日を機に「英国NLP学院日本校」から「日本NLP学院・グリンダー&ボスティック認定校」に変更されました。日本NLP学院等を通じた私の国内の活動の情報については、以下の同学院のWeb サイトで参照できます。
本書は、バイブル的なNLP入門書ですが、今回の改訂版では文体と言葉遣いが大幅に改訂され、さらにサイズもひとまわり大きくなったので、より読みやすくなったと思います。今後もますます多くの方々に読まれていくことを願っています。この改訂版発行につきましては、JMA社の太田祐也氏、校正者の中村典子氏、メディアート出版の林武利社長、畠中健次氏に多大なご協力をいただいたことに心から感謝いたします。
二〇〇五年六月
北岡泰典
初版訳者あとがき
本書(原書タイトルは、『Magic of NLP Demystified(解明されたNLPの魔法)』)は、わたしの知る限り、NLP(Neuro-lingusitic Programming、神経言語プログラミング)における最良の入門書です。一九八〇年の初版出版時の原題は『Magic Demystified(解明された魔法)』で、九〇年版から「NLP」が挿入されていますが、この本のどのページを見ても「NLP」の言葉が見当たらないことを知って、読者の方々は非常に驚かれることでしょう。これは、NLPという名称自体が、少なくとも本の出版時点ではまだ広く確立していなかったからです(NLPの名称は、公式には、わたしが「NLP四天王」と呼んでいる、NLP共同創始者のジョン・グリンダーとリチャード・バンドラーおよびNLP共同開発者のロバート・ディルツとジュディス・ディロージャ共著の八〇年刊の『Neuro-Linguistic Programming I(神経言語プログラミング、第一巻)』で初めて使われたようです)。ところで、旧題の『解明された魔法』の意味は、七五年に出版されたグリンダーとバンドラー共著のNLPの最初の書である『Structure of Magic I & II 』(邦訳名は『魔術の構造』)の「簡略バージョン」として書かれた、ということです。英語を母国語とする人にもかなりの難解書である『Structure of Magic』の「大衆版」といえるかもしれません。また、旧題で出版されている間は、書店の店員が間違って「オカルト/超能力」セクションの棚に置く状況が多発していましたが、これを避けるために版元が『解明されたNLPの魔法』にタイトルを変えたとたんに売り上げが一挙に四倍増した、ということです(このことからも、逆に西洋では「NLP」という名称にどれだけネーム・バリューがあるかがうかがえます)。
本書の共著者であるフランク・ピューセリックは、NLP共同創始者であるグリンダーとバンドラーが七〇年代初めに「メタ・モデル」というテクニック(本書で詳細に解説されています)を開発したときの重要な共同研究者で、実際のところ、NLP界の一部(たとえば、オーストラリアのNLP団体、Inspiritive [www. inspiritive. com. au]等)では、ピューセリックは、グリンダー、バンドラーとともに三人のNLP創始者のひとりとして紹介されています。
このため、二十年以上にわたって翻訳されていなかった、非常に重要なNLPのベスト・クラシック入門書を、このような形で翻訳、出版できることを心から嬉しく思っています。一般に、NLPは日本に紹介される際、非常に難解な専門書の形で訳書が出版されるか(実際、これらの本の価格は学術専門家用に設定されています)、非常に簡略化された形で紹介されているかのどちらかですが、本書は、まさにそのギャップを埋め、日本でNLPがさらに広まる「起爆剤」または「活性剤」になりうる本ではないか、と信じています。
本書は、二十四年前に出版されたので、もちろんのこと、そののちに開発、発展されたNLPテクニック(特にわたしが個人的に非常に評価している各NLP「個人編集」テクニック)はカバーされていませんが、NLP体系の礎石となるべき真の意味でのNLP実践者にとって必須のABCのコンセプトまたはテクニックはもれなく、しかもかなり深く考察されています。例としては、「世界についてのモデル」「地図と土地」「ラポール」「モデルの三制約」「人間の普遍的モデリング過程」「表出体系」「述語選択」「優先体系」「メタ・モデル」「眼球動作パターン」「情報アクセス・シグナル」等のNLP基本コンセプトまたはテクニックが網羅的に、イラストを交えてわかりやすく解説されています。
約四半世紀経ったいまでも、本書の内容は、古さを感じさせず、そのまま適用可能ですが、ただ一点だけ、本書一三五ページで、「眼球動作パターン(アイ・スキャニング・パターン)」の「構築音」の項目として以下のような解説がありますが、
「右横を見るとき|『構築音』。このパターンは通常、話し言葉を創造する過程に関連しています。この位置において、個人は自分が次にいいたいことを「言葉に置き換えて」います」
最近のNLPの「眼球動作パターン」モデルでは、通常、「構築音」は、むしろ「今までに自分が聞いたことのない新しい音を聞く」場合の目の動きと定義されているようです。同様に、一四三ページでは、この「構築音」の目の動きを引き出す質問例が紹介されていますが、最近のモデルでは、この質問例としては、「お風呂に入っていて、蛇口の音と、電話のなる音と、外の救急車のサイレンの音を同時に聞くことができますか?」あるいは「お母さんの声が猫の鳴き声に変わるのを聞くことができますか?」等と質問することが慣習となっているようです。
この一点だけが唯一、この約四半世紀前に出版された本書にたいして追記言及すべき事項です(それだけ本書は普遍性がある、とわたしは見ています)。
本書について特記すべきことは、通常、NLPのテクニックは、実際にNLPワークショップに参加して、トレーナーから演習の手ほどきを受けないと、テクニックを理解することも、習得することも不可能なのですが(本だけでNLPを理解したと思っている方は、実際の演習を受けて、そのギャップに驚く、または驚愕されると思います。本で得た知識としてのNLPと実際の演習で経験したNLPのどちらが本物かはあまりにも自明です)、幸いにも本書で紹介されているNLP基本テクニックはほぼすべて、独習できる形になっている点です。その意味からも、本書は非常に卓越したNLP入門書であるとわたしは思っています。
また、本書では、文脈の設定上「セラピー」のケース・スタディが多く紹介されていますが、NLP自体は、確かに創始当初(一九七五年当時)、セラピーのひとつの代替学派として生まれた感もありましたが、その後さらに発展し、本書の初版が出版された八〇年頃までには、人間コミュニケーション一般のパターンに適用できる、さらに汎用なコミュニケーション心理学に変容していたという歴史的事実があります。実際、NLP共同創始者のグリンダー氏は、最近のわたしとの電子メールによる私信のなかで、「NLPの最初のモデルが療法の分野で開発されたのは歴史的偶然です」と語っています(ちなみに、同氏は「NLPは、人間の行動、特に人間パフォーマンスの卓越性についての、最先端の、非常に効率的なモデルですが、このようなモデルは多数存在しており、そのひとつがNLPです。NLPが、現在のところ、それらのモデルのなかでもっとも明示的でもっとも精確であるという事実は歴史的な偶然です」とも語っています。わたしは同氏のこのコメントは極度に謙虚だと思っています)。
NLPは、歴史的には、すでにセラピーの枠組みをはるかに超え、今日の西洋では、コミュニケーションを行う必要のあるプロフェッショナルな人々のための最低必須の基本的汎用コミュニケーション・ツール・セットになっています(たとえば、英国では現在までに、もっとも少なく見積もっても約五万人、場合によっては二十五万人までの人びとがNLP資格コースを受講しているという情報があり(情報源は英国NLPアソシエーション)、また、東南アジア、特に香港や台湾のような中国系の国では、就職(再就職)活動者が就職希望先の企業の面接者に提示する自分の履歴書に「NLP資格取得済み」という記載があれば、TOEICの高得点の成績と同じような形で評価されるまでになっています)。歴史的に、国内のビジネス界で現在話題になっているコーチングの基になった方法論がNLPであるということを指摘するのも興味深いことです。
このため、読者の方々には、本書にある「セラピー」(または「療法」)という言葉を「カウンセリング」または「ファシリテーション」と置き換えて読まれるようお勧めしたいと思います(「ファシリテーション」とは、「クライアントの人格的、行動的変化が生み出されるようにクライアントを支援するワーク」という意味です)。同様に、本書にある「セラピスト」という言葉は、「カウンセラー」または「ファシリテータ」と置き換えられても実質的になんの問題も生じません(「ファシリテータ」とは「ファシリテーション・ワークをおこなう人」という意味ですが、「コンサルタント」、「ヘルパー」、「チェンジ・エージェント」といった語とほぼ同義です)。おそらく、このように読み替えた方が今日の読者の方々にとってより適切であると思えるので、翻訳時にこのような置き換えをしてもよかったのでしょうが、あくまでも原文を尊重する目的で「セラピー」(または「療法」)、「セラピスト」という言葉を本文中に残すことにしました。
本書の翻訳で使われている用語に関して、三点留意点があります。
一点目は、「Representational System」という用語に関してです。場合によっては「Rep System(レップ・システム)」とも略されるこの用語は、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感の各知覚体系に対応するものですが、これまでのNLP翻訳書では「代表体系」または「代表システム」と訳されているようです。しかし、わたしには不都合な訳のように思え、また、ピアジェ系の心理学や一部のNLP関連書では「表象体系」または「表象システム」と訳されていますが、五感の知覚体系を形容するのに「表象」といった難語を使うのは個人的には不適切だと思いますので、あえてもっと単純な「表出体系」という言葉を「造語」させていただくことにしました(「表出」はあまり見かけない日本語であるように思われ、また、各英和辞書には普通「Representation」の訳として「表出」は挙げられていませんが、学研の「スーパーアンカー英和辞典 第三版」にはこの訳語が見つかります。一方で、広辞苑では、「表出」は、「(1)精神活動の動きが外部に表われること。表情・呼吸運動・筋肉運動・腺分泌の変化など。(2)表現に同じ。『感情の―』「と定義されています)。わたしのこの訳語選択が、読者の皆さんにも受け入れられることを願っています。
二点目は、催眠療法の最高権威とされているミルトン・H・エリクソンとならんで「NLPの二人の父」と称されている「Gregory Bateson」に関してです。この、英国生まれの二十世紀の認識論の巨人の名前は、通常「グレゴリー・ベイトソン」と訳されています。わたしは過去十五年以上にわたってNLP四天王を含めいろいろなNLPトレーナーのもとでNLPを学んできましたが、これらのトレーナーはすべて「ベイツン」と発音しています(『研究社リーダーズ』等の英和辞典でも、「ベイトソン」の訳が挙げられている一方で、発音記号は「ベイツン(beitsn)」になっていま)。これは、「ヘボン式ローマ字表記」の「ヘボン」と「オードリー・ヘップバーン」の「ヘップバーン」は英語では同一(「Hepburn」)であるのと同様な問題ですが、左脳志向の学術的理論ではなく、あくまでも現実的な行動上の変化を生み出す実用主義の権化のような方法論であるNLPの研究者/実践者として、わたしは、すでに確立した学術的慣用に反することにはなりますが、個人的には現場で実際に使われている「ベイツン」という表記を使っていきたいと思っています。
三点目は、「Magic」の訳に関してです。これは、「魔法」とも「魔術」とも訳せますが、NLP共同創始者のグリンダーとバンドラーは、創始時にモデリングした卓越した心理療法の大家フリッツ・パールズ(ゲシュタルト・セラピーの創始者)、ヴァージニア・サティア(家族療法医)、ミルトン・H・エリクソン等を「Therapeutic Wizards(療法の魔法使い)」と形容しているので、わたしは「魔法」という訳を使っています。
なお、本書にある引用文献につきましては、メジャーな著書に関しては、実際の既存翻訳書の訳を調査し、参照引用させていただきましたが、その他の引用文献も、場合によっては既訳が存在する可能性があります。この場合は、わたしの調査不足について陳謝したいと思います。さらに、他にも、翻訳上の用語選択その他で不都合な点がある可能性があります。この場合は、読者の皆様からの忌憚のないご指摘がいただけるようでしたら幸甚です。翻訳上の不都合は、今後の版で逐次修正、改善させていただきたいと思っています。
最後に、わたしは、一九八八年以降、NLP四天王(グリンダー、バンドラー、ディルツ、ディロージャ)すべてから直接正式なトレーニングを受けたNLPトレーナーで、一九八〇年代半ばから滞在していた英国ロンドン市で、NLPトレーニング、ファシリテーション、コーチング、コンサルタンシー、通訳等の業務に従事していましたが、二〇〇二年から部分的にベースを日本に移し、二〇〇三年秋から国内でNLP資格コースを開講しています。本書の出版を機に、国内で、「本物のNLP」を必要とされている方々(潜在的には非常にたくさんいらっしゃると信じています)にさらに広めていきたいと思っています。
本翻訳書の出版にあたりましては、JMA社の皆様、特に松島直也社長、宮澤大樹氏に多大なご協力をいただきました。出版を引き受けていただいたメディアート出版の皆様にも心から感謝いたします。さらには、最終草稿に目を通していただいた、私の学生時代からの友人であり、現在は画家である須永和彦様にも心から感謝します。
読者の方々にも、過去のわたしに訪れたような「マジカル」な体験がNLPを通じておこり始めることをお祈りしています。
二〇〇四年三月
北岡泰典
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