訳者あとがき
本書(原書タイトルは、『Influencing with Integrity (誠実な影響)』は、私の理解では、もっとも優れたビジネス向け NLP 入門書です。初版は
1983 年に発行されました。
私が 1988 年に NLP 共同創始者のジョン・グリンダー、NLP 共同開発者のジュディス・ディロージャ、ロバート・ディルツの元で本格的に NLP を学び始めたころ、私にとって「NLP バイブル」のような意味あいをもった NLP 入門書が 2 冊ありましたが、この 2 冊は、2004 年 4 月に私の訳書が発行された『Magic of NLP』と本書でした。特に、本書にある「誠実な (あるいは統合された) 影響)」のコンセプトは、「NLP ピア (NLP 実践者)」にとって、NLP 実践時の決定的な「倫理的」指針となるべきものであり、また、NLP のビジネスへの応用技術を実質的に初めて本格的に扱った本であるという意味において、「金字塔」的な NLP 書といっても過言ではありません (最近国内で話題になっている『RESOLVE 自分を変える最新心理テクニック』を含めて、多くの欧米の NLP 書が、本書を重要な参考書として紹介しています)。
私は、英国を初めとする欧米諸国に過去 20 年近く滞在してきていて、2002 年より NLP に関する国内活動を始めましたが、欧米では非常に評価の高い、1980 年代初めに出版されたこの最重要の 2 冊の NLP 入門書が 20 年以上の間邦訳されてきていなかった事実を知って極めて大きな驚きを覚えました。
このため、2 冊の「金字塔」の NLP 入門書に触れる「機会を奪われて」きていた NLP に関わる日本の方々にこの 2 冊の入門書を紹介することが、私の第一の使命であると考え、2004 年春にまず『Magic of NLP』の訳書を出版させていただきました。
ちなみに、『Magic of NLP』の訳書のオンライン等での書評は「何も目新しいものはない」といった否定的なものになっているようですが、これは、その後のほとんどすべての欧米の NLP 書がこの入門書を元にして書かれているので、先に日本語に訳されているその後の他の NLP 書を先に読んだ方々にとってこの本の中に「目新しもの」がないのは、いわば当然と言えることです。ただ、「Magic of NLP」には、数箇所画期的なアイデアが盛り込まれているのですが、オンライン書評を書かれた方々は残念ながらそれらのアイデアをピックアップできなかったようです。また、一部の方々からは、「私にとって初めて NLP の ABC の (左脳的な) 理解にたどり着けたのは、この本が初めての経験でした」といった非常に肯定的なフィードバックをいただいていることも付言しておきたいと思います。
そういうわけで、場合によっては、本書も、一部の NLP ピアから『Magic of NLP』の訳のような反応を受ける可能性もあるかとは思いますが、しかしながら、私の知るかぎり、本書にあるような NLP のビジネス応用技術は、他の NLP 書ではカバーしきれていていないので (近年、同様なビジネス的志向をもって、NLP のビジネス応用技術書を書かれている女性の英人 NLP トレーナーもいますが、この方の本は邦訳されていないと思います)、「目新しいものはない」といった感想は出ないと予想されます。
この本の重要性と歴史的意義は、上記にもある「誠実な (あるいは統合された) 影響)」のコンセプトに集約されるかと思いますが、これは、「相手の求める結果 (『アウトカム』) を無視して自分自身の求める結果だけを念頭に置いて相手を誘導するのは『巧みな操作 (manipulation)』である一方で、両者の求める結果の双方を満たす形で相手を誘導するのは『誠実な影響 (influencing with integrity)』である」という考え方です。
実は、このコンセプトは「BATNA」と呼ばれているコンセプトと密接に関連しています。「BATNA」は「Better Alternative to Negotiated Agreement (交渉同意のためのよりよい代替手段)」という語の略ですが、コンセプト自体は、Roger Fisher、William Ury 共著の『Getting to Yes』等で紹介されています。このモデルは「ハーバード流交渉術」と形容されていますが、1978 年のキャンプデービッドでのサダト、ベギン、カーター間での和平交渉で 2 週間のデッドロックの末、関係者がこのモデルを交渉に導入したとたんに一晩で中東和平交渉合意 (いわゆる「キャンプ デービッド合意」) が締結されたという事実で有名になっているモデルです。
私が非常に評価している米人女性トレーナーであるララ ユーイング (彼女は、非常に優秀なビジネス系 NLP トレーナーです。NLP 以前のバックグランドがライヒ系セラピストだったいう興味深い方です) が 1988 年当時英国ロンドン市で開講したワークショップ「Coming to Agreement: Advanced Negotiation Skills (同意に至る: 上級交渉技法)」に私は参加しましたが、このワークショップもこのモデルを基に考案されていました。
また、1989 年の GDA (グリンダー、ディロージャ & アソシエート) での NLP マスター プラクティショナー コースでは、このモデルを使った交渉技法演習が紹介されました。私自身、私の NLP マスター プラクティショナー コースでこの演習を紹介していくつもりにしています。
本書の内容に関しては、三点ばかりコメントがあります。
まず、『著者注記』にもあるように、著者のジェニー ラボード女史は、本書が他国語に翻訳される際に、本書が「誠実な影響」ではなく「巧みな操作」のトーンで翻訳されてしまうことに極度の懸念を覚えていたようですが、私の翻訳草稿を (同女史の翻訳者を通じて) チェックしていただいたところ、原文を忠実に反映しているという判断をしていただき、私の翻訳をそのまま承認していただきました。
二点目に、本書の翻訳で使われている用語に関しては、まず、「outcome」という語は、通常「結果」、「結論」と訳されますが、本書を含む NLP ではむしろ「desired result」、すなわち「求める結果」または「目的」の意味で使われています。「目的」と訳せる「goal」、「target」といった語との混同を避けるためにも、本書では「アウトカム」というふうにカタカナ表記しています。また、本書では、「influencing with integrity」と「manipulation」が非常に重要な対峙的なキーワードになっていますが、前者を「誠実な影響」、後者を「巧みな操作」と訳すことにしました。
最後に、本書には、NLP および本書を生み出した先駆者の名前が列挙されていますが、どういう理由からか NLP の生みの親の一人であるグレゴリー ベイツンの名前が落ちています。この理由については、また機会があれば、著者に直接お聞きしてみたいと思っています。
以上が本書の背景説明ですが、欧米で NLP がビジネス界に認められるきっかけになったのが本書であるという意味においても、本訳書の出版を機会に日本のビジネス界でも
NLP がどんどん取り入れられるようになっていくことを心から願っています。
なお、私は、NLP 共同創始者のジョン グリンダー氏から 1988 年にプラクティショナーの資格を、1989 年にマスター プラクティショナーの資格を得ていますが (グリンダー氏からこれらの資格を得た日本人は私ただ一人のようです)、そのバックグラウンドを元に、2005 年 3 月にグリンダー氏を日本に招聘させていただくことになりました。グリンダー氏の来日は、リチャード バンドラー氏を含めた NLP 共同創始者の初めての来日となる特別なイベントです。このイベントは、これまではほぼバンドラー系の NLP 一辺倒だった国内の NLP 俯瞰図をまったく塗り替える機会になると思われます。
グリンダー氏の来日の目的は、ビジネス向けワークショップ「NLPリーダーシップで才能を開花させよ」を開講することにありますが、私は、ビジネス向け NLP 入門書の本書の発行と、グリンダーのビジネス向けワークショップの開講が、国内のビジネス界にも NLP が本格的に導入される起爆剤になることを願っています。
グリンダー氏の初来日とワークショップの詳細については以下の Web サイトに情報があります。このサイトでは、私の NLP 資格コースの情報にもアクセスできます。
http://www.nlpjapan.com
本翻訳書の出版にあたりましては、私の NLP 資格コースを共同開講していただいている JMA 社の皆様、特に、松島直也社長、宮澤大樹、太田裕也様には多大なご協力をいただきました。出版を引き受けていただいたメディアーツ社の皆様、特に林武利社長様にも心から感謝いたします。また、本書の私の翻訳草稿を校正していただいた、私の NLP 資格コース在校生の方々にも心から感謝します。
今後も「本物の NLP」を国内に広めるべく、各方面での NLP 活動を多角的に継続して行きたいと思っています。
2005 年 2 月
北岡 泰典.
February 2005.
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